歴史
HMOの紹介と歴史的背景
一般にHMOと称される健康維持機構は、次第に人気を得てきているマネージド・ケア医療プランのひとつです。マネージド・ケア医療プランのゴールのひとつは、米国の高騰する医療費を抑制する助けとなることです。HMOは、すべての医学的治療を調整し不必要あるいは不適当なサービスを排除することによっ て、医療サービスをより低価格の前払い方式で供給する事を目的としています。
HMOは、従来の出来高払い診療報酬の医療プランに新しく取って代わるものとして歓迎されていますが、前払い医療プランのアイデアは20世紀初頭、 製材業者や工場主らが自らの前払い団体補償プランを組織したことにさかのぼります。彼らの努力の結果、ワシントン州タコマ市のウエスタン・クリニックが設立され、妥当な一定月額の支払いで完全な医療給付が提供されるようになりました。
1930年代および1940年代には、実業家ヘンリー・カイザーがシドニー・ガーフィールド医師と団体を結成し、前払い医療給付補償をカイザー造船会社お よび建設会社の従業員とその家族に提供しました。カイザー氏は、1945年には、一般社会に提供されカイザー・ファンデーション・ヘルス・プランの前身と なるカイザー医療プログラムを確立しました。
前払い医療給付プランのアイデアと推進は、医師および病院の独立性や第三者支払いを支持する従来の保険会社からの競争、およびほとんどの地元医療コミュニ ティーからの反対にも関わらず、ゆっくりながらも着実に育っていきました。1970年までには、多くの前払い医療プランが全国に存在するようになりました。
前払い医療プランは、1973年に連邦政府のHMO法が可決され、強力な後押しと正式名を得ることとなりました。ニクソン政権により、国民健康保険を設置することなく医療制度 を向上する方法として制定されたHMO法は、次にあげる目的に適うものでした。
HMOの発展に向け、財政援助を標準化、組織化し、提供すること。
政府規定に遵守するHMOに政府の承認をあたえること。さらに、
雇用主にHMOプランをオプションとして従業員に提供するよう義務付けること。
続いて改正案が可決され、健康維持機構の定義と必要条件にさらに大きな柔軟性を与えました。しかしながら、これらの法はすべて、HMOが自由市場の競争を活性化し、政府の介入を必要とすることなく医療コストを低下させるという考えに基づいていました。
1980年代および1990年代初頭にはHMOが大いに成長し、ますます多くのアメリカ国民に補償を提供するようになりました。多くの医療エキスパート が、この10年間の終わりまでには米国人口の半分がHMOあるいは何らかの同形式のマネージド・ケアに加入するであろうと予測しています。 |